も※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》るのに、引導を渡されでもしたようで、腹へ風が徹《とお》って、ぞッとした。
 すなわち、手を挙げるでもなし、声を掛けるでもなし、運転手に向ってもまた合掌した。そこで車を留めたが、勿論、拝む癖に傲然《ごうぜん》たる態度であったという。それもあとで聞いたので、小県がぞッとするまで、不思議に不快を感じたのも、赤い闖入者《ちんにゅうしゃ》が、再び合掌して席へ着き、近々と顔を合せてからの事であった。樹から湧こうが、葉から降ろうが、四人の赤い子供を連れた、その意匠、右の趣向の、ちんどん屋……と奥筋でも称《とな》うるかどうかは知らない、一種広告隊の、林道を穿《うが》って、赤五点、赤長短、赤大小、点々として顕われたものであろう、と思ったと言うのである。
 が、すぐその間違いが分った。客と、銑吉との間へ入って腰を掛けた、中でも、脊のひょろりと高い、色の白い美童だが、疳《かん》の虫のせいであろう、……優しい眉と、細い目の、ぴりぴりと昆虫の触角のごとく絶えず動くのが、何の級に属するか分らない、折って畳んだ、猟銃の赤なめしの袋に包んだのを肩に斜《ななめ》に掛けている。且つこれは、乗込もうとする車の外で、ほかの少年の手から受取って持替えたものであった。そうして、栗鼠《りす》が(註、この篇の談者、小県凡杯は、兎のように、と云ったのであるが、兎は私が贔屓《ひいき》だから、栗鼠にしておく。)後脚《あとあし》で飛ぶごとく、嬉しそうに、刎《は》ねつつ飛込んで、腰を掛けても、その、ぴょん、が留《や》まないではずんでいた。
 ――後に、四童、一老が、自動車を辞し去った時は、ずんぐりとして、それは熊のように、色の真黒《まっくろ》な子供が、手がわりに銃を受取ると斉《ひと》しく、むくむく、もこもこと、踊躍《ようやく》して降りたのを思うと、一具の銃は、一行の名誉と、衿飾《きんしょく》の、旗表《はたじるし》であったらしい。
 猟期は過ぎている。まさか、子供を使って、洋刀《ナイフ》や空気銃の宣伝をするのではあるまい。
 いずれ仔細《しさい》があるであろう。
 ロイドめがねの黒い柄を、耳の尖《さき》に、?のように、振向いて運転手が、
「どちらですか。」
「ええ処で降りるんじゃ。」
 と威圧するごとくに答えながら、双手を挙げて子供等を制した。栗鼠ばかりでない。あと三個も、補助席二脚へ揉合《もみあ》って[#「揉合《もみあ》って」は底本では「揉合《もみあ》つて」]乗ると斉《ひと》しく、肩を組む、頬を合わせる、耳を引張《ひっぱ》る、真赤《まっか》な洲浜形《すはまがた》に、鳥打帽を押合って騒いでいたから。
 戒《いましめ》は顕われ、しつけは見えた。いまその一弾指のもとに、子供等は、ひっそりとして、エンジンの音|立処《たちどころ》に高く響くあるのみ。その静《しずか》さは小県ただ一人の時よりも寂然《ひっそり》とした。
 なぜか息苦しい。
 赤い客は咳《しわぶき》一つしないのである。
 小県は窓を開放って、立続《たてつ》けて巻莨《まきたばこ》を吹かした。
 しかし、硝子《がらす》を飛び、風に捲《ま》いて、うしろざまに、緑林に靡《なび》く煙は、我が単衣《ひとえ》の紺のかすりになって散らずして、かえって一抹《いちまつ》の赤気《せっき》を孕《はら》んで、異類異形に乱れたのである。
「きみ、きみ、まだなかなかかい。」
「屋根が見えるでしょう――白壁が見えました。」
「留まれ。」
 その町の端頭《はずれ》と思う、林道の入口の右側の角に当る……人は棲《す》まぬらしい、壊屋《こわれや》の横羽目に、乾草《ほしくさ》、粗朶《そだ》が堆《うずたか》い。その上に、惜《おし》むべし杉の酒林《さかばやし》の落ちて転んだのが見える、傍《わき》がすぐ空地の、草の上へ、赤い子供の四人が出て、きちんと並ぶと、緋の法衣《ころも》の脊高が、枯れた杉の木の揺《ゆら》ぐごとく、すくすくと通るに従って、一列に直って、裏の山へ、夏草の径《こみち》を縫って行《ゆ》く――この時だ。一番あとのずんぐり童子が、銃を荷《にな》った嬉しさだろう、真赤な大《おおき》な臀《しり》を、むくむくと振って、肩で踊って、
「わあい。」
 と馬鹿調子のどら声を放す。
 ひょろ長い美少年が、
「おうい。」
 と途轍《とてつ》もない奇声を揚げた。
 同時に、うしろ向きの赤い袖が飜《ひるがえ》って、頭目は掌《てのひら》を口に当てた、声を圧《おさ》えたのではない、笛を含んだらしい。ヒュウ、ヒュウと響くと、たちまち静《しずか》に、粛々として続いて行《ゆ》く。
 すぐに、山の根に取着いた。が草深い雑木の根を、縦に貫く一列は、殿《しんがり》の尾の、ずんぐり、ぶつりとした大赤楝蛇《おおやまかがし》が畝《うね》るようで、あのヘルメ
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