は》ね附けましたが、密《ひそか》に思う処がないのではありませぬ。一体この男には、篠田《しのだ》と云う同窓の友がありまして、いつでもその口から、足下《そっか》もし折があって北陸道を漫遊したら、泊から訳はない、小川の温泉へ行って、柏屋と云うのに泊ってみろ、於雪《おゆき》と云って、根津や、鶯谷《うぐいすだに》では見られない、田舎には珍らしい、佳《い》い女が居るからと、度々聞かされたのでありますが、ただ、佳い女が居るとばかりではない、それが篠田とは浅からぬ関係があるように思われまする、小宮山はどの道一泊するものを、乾燥無味な旅籠屋に寝るよりは、多少|色艶《いろつや》っぽいその柏屋へと極《き》めたので。
 さて、亭主の口と盆の上へ、若干《なにがし》かお鳥目をはずんで、小宮山は紺飛白《こんがすり》の単衣《ひとえ》、白縮緬《しろちりめん》の兵児帯《へこおび》、麦藁《むぎわら》帽子、脚絆《きゃはん》、草鞋《わらじ》という扮装《いでたち》、荷物を振分にして肩に掛け、既に片影が出来ておりますから、蝙蝠傘《こうもりがさ》は畳んで提《ひっさ》げながら、茶店を発《た》つて、従是《これより》小川温泉道と書いた、傍
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