宮山は開いた口が塞《ふさ》がらず。
「土地繁昌の基《もとい》で、それはお目出度い。時に、その小川の温泉までは、どのくらいの道だろう。」
「ははあ、これからいらっしゃるのでござりますか。それならば、山道三里半、車夫《くるまや》などにお尋ねになりますれば、五里半、六里などと申しますが、それは丁場の代価《ねだん》で、本当に訳はないのでござりまする。」
「ふむ、三里半だな可《よ》し。そして何かい柏屋《かしわや》と云う温泉宿は在るかね。」
「柏屋! ええもう小川で一等の旅籠屋《はたごや》、畳もこのごろ入換えて、障子もこのごろ張換えて、お湯もどんどん沸いております。」
 と年甲斐もない事を言いながら、亭主は小宮山の顔を見て、いやに声を密《ひそ》めたのでありますな、怪《けし》からん。
「へへへ、好《い》い婦人《おんな》が居《お》りますぜ。」
「何を言っているんだ。」
「へへへ、お湯をさして参りましょうか。」
「お茶もたんと頂いたよ。」
 と小宮山は傍《わき》を向いて、飲さしの茶を床几《しょうぎ》の外へざぶり明けて身支度に及びまする。

       三

 小宮山は亭主の前で、女の話を冷然として刎《
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