示|杭《ぐい》に沿《つ》いて参りまする。
行《ゆ》くことおよそ二里ばかり、それから爪先上《つまさきあが》りのだらだら坂になった、それを一里半、泊《とまり》を急ぐ旅人の心には、かれこれ三里余も来たらうと思うと、ようやく小川の温泉に着きましてございまする。
志す旅籠屋は、尋ねると直ぐに知れた、有名なもので、柏屋金蔵。
そのまま、ずっと小宮山は門口《かどぐち》に懸《かか》りまする。
「いらっしゃいまし。」
「お早いお着《つき》。」
「お疲れ様で。」
と下女《おんな》共が口々に出迎えまする。
帳場に居た亭主が、算盤《そろばん》を押遣って
「これ、お洗足《すすぎ》を。それ御案内を。」
とちやほや、貴公子に対する待遇《もてなし》。服装《みなり》もお聞きの通り、それさえ、汗に染み、埃《ほこり》に塗《まみ》れた、草鞋穿《わらじばき》の旅人には、過ぎた扱いをいたしまする。この温泉場は、泊からわずか四五里の違いで、雪が二三尺も深いのでありまして、冬向は一切|浴客《よっかく》はありませんで、野猪《しし》、狼、猿の類《たぐい》、鷺《さぎ》の進《しん》、雁九郎《かりくろう》などと云う珍客に明け渡して
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