寐られる訳ではありませぬから、しばらくお雪の様子を見ていたのでありまする。やや初夜|過《すぎ》となりました。
山中の湯泉宿《ゆやど》は、寂然《しん》として静《しずま》り返り、遠くの方でざらりざらりと、湯女《ゆな》が湯殿を洗いながら、歌を唄うのが聞えまする。
この界隈《かいわい》近国の芸妓《げいしゃ》などに、ただこの湯女歌ばかりで呼びものになっているのがありますくらい。怠けたような、淋しいような、そうかというと冴えた調子で、間《あい》を長く引張《ひっぱ》って唄いまするが、これを聞くと何となく睡眠剤を服《の》まされるような心持で、
[#ここから4字下げ]
桂清水《かつらしみず》で手拭《てぬぐい》拾た、 これも小川の温泉《ゆ》の流れ。
[#ここで字下げ終わり]
などという、いわんや巌《いわ》に滴るのか、湯槽《ゆぶね》へ落つるのか、湯気の凝ったのか、湯女歌の相間《あいま》々々に、ぱちゃんぱちゃんと響きまするにおいてをや。
十四
これへ何と、前触《まえぶれ》のあった百万遍を持込みましたろうではありませんか、座中の紳士貴婦人方、都育ちのお方にはお覚えはないのであります
前へ
次へ
全70ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング