しょう。私は余り折檻《せっかん》が辛うございますから、確《たしか》に思い切りますと言うんですけれども、またその翌晩《あくるばん》同じ事を言って苦しめられます時、自分でも、成程と心付きますが、本当は思い切れないのでございますよ。
どうしてこれが思い切れましょう、因縁とでも申しますのか、どう考え直しましても、叱ってみても宥《なだ》めてみても、自分が自由にならないのでございますから、大方今に責め殺されてしまいましょう。」
と云う、顔の窶《やつ》れ、手足の細り、たゆげな息使い、小宮山の目にも、秋の蝶の日に当ったら消えそうに見えまして、
「死ぬのはちっとも厭《いと》いませぬけれども、晩にまた酷《ひど》い目に逢うのかと、毎日々々それを待っているのが辛くってなりません。貴方お察し遊ばして。
本当に慾《よく》も未来も忘れましてどうぞまあ一晩安々|寐《ね》て、そうして死にますれば、思い置く事はないと存じながら、それさえ自由《まま》になりません、余りといえば悔しゅうございましたのに、こうやってお傍《そば》に置いて下さいましたから、いつにのう胸の動悸《どうき》も鎮りまして、こんな嬉しい事はございませぬ
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