。まあさぞお草臥《くたびれ》なさいまして、お眠うもございましょうし、お可煩《うるそ》うございましょうのに、つい御言葉に甘えまして、飛んだ失礼を致しました。」
 人にも言わぬ積り積った苦労を、どんなに胸に蓄《たくわ》えておりましたか、その容体ではなかなか一通りではなかろうと思う一部始終を、悉《くわ》しく申したのでありまする。
 さっきから黙然《もくねん》として、ただ打頷《うちうなず》いておりました小宮山は、何と思いましたか力強く、あたかも虎を搏《てうち》にするがごとき意気込で、蒲団の端を景気よくとんと打って、むくむくと身を起し、さも勇ましい顔で、莞爾《にっこり》と笑いまして、
「訳はない。姉さん、何の事《こっ》たな。」

       十二

「皆《みんな》そりゃ熱のせいだ、熱だよ。姉さんも知ってるだろうが、熱じゃ色々な事を見るものさ。疫《えやみ》の神だの疱瘡《ほうそう》の神だのと、よく言うじゃないか、みんなこれは病人がその熱の形を見るんだっさ。
 なかにも、これはちいッと私が知己《ちかづき》の者の維新前後の話だけれども、一人、踊で奉公をして、下谷《したや》辺のあるお大名の奥で、お小姓を
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