ました。後の十畳敷は寂然《ひっそり》と致し、二筋の燈心《とうすみ》は二人の姿と、床の間の花と神農様の像を、朦朧《もうろう》と照《てら》しまする。

       九

 小宮山は所在無さ、やがて横になって衾《ふすま》を肩に掛けましたが、お雪を見れば小さやかにふっかりと臥《ふ》して、女雛《めびな》を綿に包んだようでありまする。もとより内気な女の、先方《さき》から声を懸けようとは致しませぬ。小宮山は一晩介抱を引受けたのでありまするから、まず医者の気になりますと物もいい好《よ》いのでありました。
「姉さん、さぞ心細いだろうね、お察し申す。」
「はい。」
「一体どんな心持なんだい。何でも悪い夢は、明かしてぱッぱと言うものだと諺《ことわざ》にも云うのだから、心配事は人に話をする方が、気が霽《は》れて、それが何より保養になるよ。」
 としみじみ労《いたわ》って問い慰める、真心は通ったと見えまして、少し枕を寄せるようにして、小宮山の方を向いて、お雪は溜息《ためいき》を吐《つ》きましたが、
「貴方は東京のお方でございますってね。」
「うむ、東京だ、これでも江戸ッ児《こ》だよ。」
「あの、そう伺いますば
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