、さりげのう、ただ頷《うなず》いていたのでありました。
「そらお雪、どうせこうなりゃ御厄介だ。お時儀《じぎ》も御挨拶も既に通り越しているんだからの、御遠慮を申さないで、早く寝かして戴くと可い、寒いと悪かろう。俺《おれ》でさえぞくぞくする、病人はなおの事《こ》ッた、お客様ももう御寝《げし》なりまし、お鉄や、それ。」
と急遽《そそくさ》して、実は逃構《にげがまえ》も少々、この臆病者は、病人の名を聞いてさえ、悚然《ぞっ》とする様子で、
お鉄(此奴《こやつ》あ念を入れて名告《なの》る程の事ではなかった)は袖屏風《そでびょうぶ》で、病人を労《いたわ》っていたのでありますが、
「さあさあ早くその中へ、お床は別々でも、お前さん何だよ御婚礼の晩は、女が先へ寝るものだよ、まあさ、御遠慮を申さないで、同じ東京のお方じゃないか、裏の山から見えるなんて、噂ばかりの日本橋のお話でも聞いて、ぐっと気をお引立てなさいなね。水道の水を召食《めしあが》ッていらっしゃれば、お色艶もそれ、お前さんのあの方に、ねえ旦那。」
「まずの。」
と言ったばかりで、金蔵はまじりまじり。大方時刻の移るに従うて、百万遍を気にするので
前へ
次へ
全70ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング