わざと浮いた風で、
「さあ御縁女様。」
 と強く手を引いて扶《たす》け入れたのでありまする。お雪はそんな中《うち》にも、極《きまり》が悪かったと見え、ぼんやり顔をば赧《あか》らめまして、あわれ霜に悩む秋の葉は美しく、蒲団の傍《そば》へ坐りました。
「お雪さん、嬉しいでしょう。」
 亭主までが嬉しそうに、莞爾々々《にこにこ》して、
「よくお礼を申上げな。」
 と言うのであります。別《わ》けて申上げまするが、これから立女役《たておやま》がすべて女寅《めとら》が煩ったという、優しい哀れな声で、ものを言うのでありまするが、春葉君だと名代の良《い》い処を五六枚、上手に使い分けまして、誠に好《い》い都合でありますけれども、私の地声では、ちっとも情が写りますまい。その辺は大目に、いえ、お耳にお聞溢《ききこぼ》しを願いまして、お雪は面映気《おもはゆげ》に、且つ優《しお》らしく手を支《つか》え、
「難有《ありがと》う存じます、どうぞ、……」
 とばかり、取縋《とりすが》るように申しました。小宮山は、亭主といい、女中の深切、お雪の風采《とりなり》、それやこれや胸一杯になりまして、思わずほろりと致しましたが
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