き下さいまし。とんでもない奴等、若い者に爺婆《じじばば》交りで、泊の三衛門《さんねむ》が百万遍を、どうでござりましょう、この湯治場へ持込みやがって、今に聞いていらっしゃい隣宿で始めますから、けたいが悪いじゃごわせんか、この節あ毎晩だ、五智で海豚《いるか》が鳴いたって、あんな不景気な声は出しますまい。
憑物《つきもの》のある病人に百万遍の景物じゃ、いやもう泣きたくなりまする。はははは、泣くより笑《わらい》とはこの事で、何に就けてもお客様に御迷惑な。」
「なあに、こっちの迷惑より、そういう御様子ではさぞ御当惑をなさるでありましょう、こう遣って、お世話になるのも何かの御縁でしょうから、皆さん遠慮しないが宜しい。」
と二人で差向《さしむかい》で話をしておりまする内に、お喜代、お美津でありましょう、二人して夜具をいそいそと持運び、小宮山のと並べて、臥床《ふしど》を設けたのでありますが、客の前と気を着けましたか、使ってるものには立派過ぎた夜具、敷蒲団《しきぶとん》、畳んだまま裾《すそ》へふっかりと一つ、それへ乗せました枕は、病人が始終黒髪を取乱しているのでありましょう、夜の具《もの》の清らかな
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