手を挙げれば、鉄道馬車が停《とま》るではなかろうか、も一つその上に笛を添えて、片手をあげて吹鳴らす事になりますと、停車場《ステイション》を汽車が出ますよ、使い処、用い処に因っては、これが人命にも関われば、喜怒哀楽の情も動かします。これをでかばちに申したら、国家の安危に係《かか》わるような、機会《おり》がないとも限らぬ、その拇指、その小指、その片手の働きで。
 しかるをいわんや臨兵闘者皆陣列在前《りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん》といい、令百由旬内無諸哀艱《りょうひゃくゆじゅんないむしょあいげん》と唱えて、四縦五行の九字を切るにおいては、いかばかり不思議の働《はたらき》をするかも計られまい、と申したということを聞いたのであります。
 いや、余事を申上げまして恐入りますが、唯今《ただいま》私が不束《ふつつか》に演じまするお話の中頃に、山中|孤家《ひとつや》の怪しい婦人《おんな》が、ちちんぷいぷい御代《ごよ》の御宝《おんたから》と唱えて蝙蝠《こうもり》の印を結ぶ処がありますから、ちょっと申上げておくのであります。
 さてこれは小宮山《こみやま》良介という学生が、一《ある》夏北陸道を漫遊
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