が、夜分墓原を通りますと、樹と樹との間に白いものがかかって、ふらふらと動いていた。暗さは暗し、場所柄は場所柄なり、可恐《おそろし》さの余り歯の根も合わず顫《ふる》え顫え呪文を唱えながら遁《に》げ帰りましたそうでありますが、翌日見まするとそこに乾かしてございました浴衣が、ずたずたに裂けていたと申しますよ、修行もその位になりましたこの小僧さんなぞのは、向って九字を切ります目当に立てておく、竹切、棒などが折れるといいます。
 しかし可《いい》加減な話だ、今時そんなことがある訳のものではないと、ある人が一人の坊さんに申しますと、その坊さんは黙って微笑《ほほえ》みながら、拇指《おやゆび》を出して見せました、ちと落語家《はなしか》の申します蒟蒻《こんにゃく》問答のようでありますけれども、その拇指を見せたのであります。
 そして坊さんが言うのに、まず見た処この拇指に、どの位な働きがあると思わっしゃる、たとえば店頭《みせさき》で小僧どもが、がやがや騒いでいる処へ、来たよといって拇指を出して御覧なさい、ぴったりと静《しずま》りましょう、また若い人にちょっと小指を見せたらどうであろう、銀座の通《とおり》で
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