しい目にお逢い遊ばした事はございませんか。」
小宮山は、妙な事を聞くと思いましたが、早速、
「いや、幸い暴風雨《あらし》にも逢わず、海上も無事で、汽車に間違もなかった。道中の胡麻《ごま》の灰などは難有《ありがた》い御代《みよ》の事、それでなくっても、見込まれるような金子《かね》も持たずさ、足も達者で一日に八里や十里の道は、団子を噛《かじ》って野々宮|高砂《たかさご》というのだから、ついぞまあこれが可恐《おそろ》しいという目に逢った事はないんだよ。」
「いえ、そんな事ではないのでございます。狸が化けたり、狐が化けたり、大入道が出ましたなんて、いうような、その事でございます。」
「馬鹿な事を言っちゃ可《い》かん、子供が大人になったり、嫁が姑《しゅうと》になったりするより外、今時化けるって奴《やつ》があるものか。」
と一言の許《もと》に笑って退《の》けたが、小宮山はこの女何を言うのかしらと、かえって眉毛に唾《つば》を附けたのでありまする、女は極く生真面目で、
「実はお客様、誠に申兼ねましたが、少々お願いがございますんですよ、外の事ではありませんが、さっき貴方のお口からも、ちょいとお話のご
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