首尾、小宮山は空可恐《そらおそろ》しく思っております。女は慇懃《いんぎん》に手を突いて、
「それでは、お緩《ゆっく》り御寝《おやす》みなさいまし、まだお早うございますから、私共は皆《みんな》起きております、御用がございましたら御遠慮なく手をお叩き遊ばして、それからあのお湯でございますが、一晩沸いておりますから、幾度でも御自由に御入り遊ばして、お草臥《くたびれ》にも、お体にも大層利きますんでございますよ。」
 と大人しやかに真面目《まじめ》な挨拶、殊勝な事と小宮山も更《あらたま》り、
「色々お世話だった。お蔭で心持|好《よ》く手足を伸すよ、姐《ねえ》さんお前ももう休んでおくれ。」
「はい、難有《ありがと》うございます、それでは。」
 と言って行こうとしましたが、ふと坐り直しましたから、小宮山は、はてな、柏屋の姐さん、ここらでその本名を名告《なの》るのかと可笑《おか》しくもございまする。
 すると、女は後先を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しましたが、じりじりと寄って参り、
「時につかぬ事をお伺い申しまして、恐れ入りますが、貴方は方々御旅行をなさいまして、可恐《おそろ》
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