。私だって可《い》いじゃありませんか、あれさ。」
「いや全く。お雪さんでも、酒はもう可かんのだよ。」
「それじゃ御飯をおつけ申しましょう、ですがお給仕となるとなおの事、誰かにおさせなさりとうございましょうね。」
「何、それにゃ及ばんから、御贔屓《ごひいき》分に盛《もり》を可《よ》く、ね。」
「いえ、道中筋で盛の可いのは、御家来衆に限りますとさ、殿様は軽くたんと換えて召食《めしあが》りまし。はい、御膳《ごぜん》。」
「洒落《しゃれ》かい、いよ柏屋の姉さん、本当に名を聞かせておくれよ。」
「手前は柏屋でございます。」
「お前の名を問うのだよ。」
「手前は柏屋でございます。」
と上手に御飯を装《よそ》いながら、ぽたぽた愛嬌を溢《こぼ》しますよ。
五
御膳の時さえ、何かと文句があったほど、この分では寝る時は容易でなかろうと、小宮山は内々恐縮をしておりましたが、女は大人しく床を伸べてしまいました。夜具は申すまでもなく、絹布《けんぷ》の上、枕頭《まくらもと》の火桶《ひおけ》へ湯沸《ゆわかし》を掛けて、茶盆をそれへ、煙草盆に火を生ける、手当が行届くのでありまする。
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