う致しまして。」
小宮山は慇懃《いんぎん》に辞退をいたしまする。
十七
「これを知っていなさるかえ。」
と二の腕を曲げて、件《くだん》の釘を乳の辺へ齎《もたら》して、掌《てのひら》を拡げて据えた。
「どう致しまして。」
「知らない?」
「いえ、何、存じております。」
「それじゃこれは。」
「へい。」
「女の脱髪《ぬけがみ》。」
小宮山は慌《あわただ》しく、
「どう致しまして。」
「それじゃ御覧。」
と撮《つま》んで宙で下げたから、そそげた黒髪がさらさらと動きました。
「いえ、何、存じております。」
「これは。」
「存じております。」
「それから。」
「存じております。」
「それでは、何の用に立つんだか、使い方を知っているのかえ。」
迂濶《うっかり》知らないなぞと言おうものなら、使い方を見せようと、この可恐《おそろ》しい魔法の道具を振廻されては大変と、小宮山は逸早《すばや》く、
「ええ、もう存じておりますとも。」
と一際念入りに答えたのでありまする。言葉尻も終らぬ中《うち》、縄も釘もはらはらと振りかかった、小宮山はあッとばかり。
ちょいと皆様に申上げまするが、ここでどうぞ貴方がたがあッと仰有《おっしゃ》った時の、手附、顔色《かおつき》に体の工合《ぐあい》をお考えなすって下さいまし。小宮山は結局《つまり》、あッと言った手、足、顔、そのままで、指の尖《さき》も動かなくなったのでありまする。
「よく御存じでございましたね。」
と嘲弄《ちょうろう》するごとく、わざと丁寧に申しながら、尻目に懸けてにたりとして、向《むこう》へ廻り、お雪の肩へその白い手を掛けました。
畜生! 飛附いて扶《たす》けようと思ったが、動けるどころの沙汰ではないので、人はかような苦しい場合にも自ら馬鹿々々しい滑稽の趣味を解するのでありまする、小宮山はあまりの事に噴出《ふきだ》して、我と我身を打笑い、
「小宮山何というざまだ、まるでこりゃ木戸銭は見てのお戻りという風だ、東西、」
と肚《はら》の内。
女はお雪の肩を揺動《ゆりうご》かしましたが、何とも不思議な凄《すご》い声で、
「雪や、苦しいか。」
お雪はいとど俯向《うつむ》いていた顔を、がっくりと俯向けました。
「うむ、もう可い、今夜は酷《ひど》い目に逢わしやしないから、心配をする事はないんだよ。これまで手を変え、品を変え、色々にしてみたが、どうしてもお前は思い切らない、何思い切れないのだな、それならそれで可いようにして上げようから。」
と言聞かしながら、小宮山の方を振向いたのでありまする。
「お客様、お前は性悪《しょうわる》だよ、この子がそれがためにこの通りの苦労をしている、篠田と云う人と懇意なのじゃないか、それだのにさ、道中荷が重くなると思って、託《ことづけ》も聞こうとはせず、知らん顔をして聞いていたろう。」
と鋭い目で熟《じっ》と見られた時は、天窓《あたま》から、悚然《ぞっ》として、安本|亀八《かめはち》作、小宮山良助あッと云う体《てい》にござりまする活人形《いきにんぎょう》へ、氷を浴《あび》せたようになりました。
「その換《かわ》り少しばかり、重い荷を背負《しょ》わして上げるから、大事にして東京まで持って行きなさい。託《ことづけ》というのはそれなんだがね、お雪はとても扶《たすか》らないのだから、私も今まで乗懸《のりかか》った舟で、この娘の魂をお前さんにおんぶをさして上げるからね、密《そっ》と篠田の処まで持って行くのだよ。さぞまあお邪魔でございましょうねえ。」
十八
小宮山がその形で突立《つッた》ったまま、口も利けないのに、女は好《すき》な事をほざいたのでありまする。
それから女は身に纏《まと》った、その一重《ひとえ》の衣《きもの》を脱ぎ捨てまして、一糸も掛けざる裸体になりました。小宮山は負惜《まけおしみ》、此奴《こいつ》温泉場の化物だけに裸体だなと思っておりまする。女はまた一つの青い色の罎《びん》を取出しましたから、これから怨念が顕《あらわ》れるのだと恐《おそれ》を懐《いだ》くと、かねて聞いたとは様子が違い、これは掌《てのひら》へ三滴《みたらし》ばかり仙女香《せんじょこう》を使う塩梅《あんばい》に、両の掌《てのひら》でぴたぴたと揉《も》んで、肩から腕へ塗り附け、胸から腹へ塗り下げ、襟耳の裏、やがては太股《ふともも》、脹脛《ふくらはぎ》、足の爪先まで、隈《くま》なく塗り廻しますると、真直《まっすぐ》に立上りましたのでありまする。
小宮山は肚《はら》の内で、
「東西。」
女はそう致して、的面《まとも》に台に向いまして、ちちんぷいぷい、御代《ごよ》の御宝《おんたから》と言ったのだか何だか解りませぬが、口に怪しい呪文を唱えて、ばさりばさりと双《ふた
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