のお客だね。」
言語道断、先《せん》を越されて小宮山はとぼんと致し、
「へい。」と言って、目をぱちくりするばかりでありまする。
「まあ、御苦労様だったね。さっきから来るだろうと思って、どんなに待っていたか知れないよ。さあまあこっちへお上りなさい、少し用があるから。」
と言った、文句が気に入らないね、用があるなんざ容易でなさそう。
十六
相手は女だ、城は蝸牛《ででむし》、何程の事やある、どうとも勝手にしやがれと、小宮山は唐突《だしぬ》かれて、度胆《どぎも》を掴《つか》まれたのでありますから、少々捨鉢の気味これあり、臆《おく》せず後に続くと、割合に広々とした一間へ通す。燈火《ともしび》はありませんが暗いような明るいような、畳の数もよく見える、一体その明《あかり》がというと、女が身に纏《まと》っている、その真蒼《まっさお》な色の着物から膚《はだえ》を通して、四辺《あたり》に射拡《さしひろ》がるように思われるのでありまする。
「ちょいと託《ことづ》ける事があるのだから、折角見えたものを情《すげ》なく追帰すのも、お気の毒だと思って、通して上げましたがね、熟《じっ》として待っていなさい。私の方に支度があるのだから、お前さんまた大きな声を出したり、威張ったり、お騒ぎだと為《ため》になりませんよ。」
と頭から呑んでかかって、そのままどこかへ、ずい。
呑まれた小宮山は、怪しい女の胃袋の中で消化《こな》れたように、蹲《つくば》ってそれへ。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、風が引いたり寄せたりして聞えまする、百万遍。
忌々《いまいま》しいなあ、道中じゃ弥次郎兵衛《やじろべえ》もこれに弱ったっけ、耐《たま》ったものではないと、密《そっ》と四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しますると、塵《ちり》一ッ葉《ぱ》も目を遮らぬこの間の内に床が一つ、草を銜《くわ》えた神農様の像が一軸|懸《かか》っておりまするので、小宮山は訳が解らず、何でもこれは気を落着けるにしく事なしだと、下ッ腹へ力を入れて控えておりまする。またしても百万遍。小宮山はそれを聞くと悪寒がするくらい、聞くまい、聞くまいとする耳へ、ひいひい女の泣声が入りました。屹《きっ》となって、さあ始めやがった、あン畜生、また肋《あばら》の骨で遣ってるな、このままじゃ居られないと、突立《つッた》ちました小宮山は、早く既にお雪が話の内の一員に、化しおおしたのでありまする。
その場へ踏み込み扶《たす》けてくりょうと、いきなり隔《へだて》の襖《ふすま》を開けて、次の間へ飛込むと、広さも、様子も同じような部屋、また同じような襖がある。引開けると何もなく、やっぱり六畳ばかりの、広さも、様子も、また襖がある。がたりと開ける、何もなくて少しも違わない部屋でありまする。
阿房宮より可恐《おそろ》しく広いやと小宮山は顛倒《てんとう》して、手当り次第に開けた開けた。幾度遣っても笥《たかんな》の皮を剥《む》くに異ならずでありまするから、呆れ果てて※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と尻餅、茫然《ぼんやり》四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しますると、神農様の画像を掛けた、さっき女が通したのと同じ部屋へ、おやおやおや。また南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と耳に入ると、今度は小宮山も釣込まれて、思わず南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
その時すらりと襖を開け、
「誰方《どなた》だい、今お騒ぎなすったのは。」
「へい。」といった、後はもうお念仏になりそうな、小宮山は恐る恐る、女の微笑《ほほえ》んでおります顔を見て、どうかこうか、まあ殺されずに済みそうだと、思うばかりでございまする。
「一体|物好《ものずき》でこんな所へ入って来たお前さんは、怖いものが見たいのだろう。少々ばかりね。」
「いえ、何。」と口の内。
「まあ、おいでなさい。」
妾《わらわ》に跟《つ》いてこっちへと、宣示《のりしめ》すがごとく大様に申して、粛然と立って導きますから、詮方《せんかた》なしに跟《つ》いて行く。土間が冷く踵《くびす》に障ったと申しますると、早や小宮山の顔色|蒼然《そうぜん》!
話に聴いた、青色のその燈火《ともしび》、その台、その荒筵《あらむしろ》、その四辺《あたり》の物の気勢《けはい》。
お雪は台の向《むこう》へしどけなく、崩折《くずお》れて仆《たお》れていたのでありまする。女は台の一方へ、この形《かた》なしの江戸ッ児を差置いて、一方へお雪を仆した真中《まんなか》へぬッくと立ち、袖短《そでみじか》な着物の真白《まっしろ》な腕を、筵の上へ長く差し伸《のば》して、ざくりと釘を一ト掴《つかみ》。
「どうだね、お客様。」
「ど
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