かりでも、私は故郷の人に逢いましたようで、お可懐《なつか》しいのでござりますよ。」
「東京が贔屓《ひいき》かい、それは難有《ありがた》いね、そしてここいらに、贔屓は珍しいが、何か仔細《しさい》が有りそうだな。」
小宮山は、聞きませんでもその因縁《いわれ》を知っておりましょう、けれども、思うさま心の内を話さして、とにかく慰めてやりたい心。
「東京は大層広いそうでございますから、泊のものを、こちらで存じておりますような訳には参りますまいけれども、あのう、私は篠田|様《さん》と云う、貴方の御所《おところ》の方に、少し知己《しりあい》があるのでございまして。」
小宮山は肚《はら》の内で、これだな……。
「訳は申上げる事は出来ませんが、そのお方の事が始終気に懸《かか》りまして、それがために、いつでも泣いたり笑ったり、自分でも解りませんほど、気を揉《も》んでおりました。それがあの、病の原因《もと》なんでございましょう。
昼も夜もどっちで夢を見るのか解りませんような心持で、始終ふらふら致しておりましたが、お薬も戴きましたけれども、復《なお》ってからどうという張合がありませんから、弱りますのは体ばかり、日が経《た》ちますと起きてるのが大儀でなりませんので、どこが痛むというでもなく、寝てばかりおりましたのでございますよ。」
さあ驕《おご》れ、手も無くそれは恋病《こいわずらい》だと、ここで言われた訳ではありませんから、小宮山は人の意気事を畏《かしこ》まって聞かされたのでありまする、勿論容体を聞く気でありますから、お雪の方でも、医者だと思って遠慮がない。
「久しくそんなに致しております内、ちょうどこの十日ばかり前の真夜中の事でございます。寐《ね》られません目をぱちぱちして、瞶《みつ》めておりました壁の表へ、絵に描《か》いたように、茫然《ぼんやり》、可恐《おそろ》しく脊の高い、お神さんの姿が顕《あらわ》れまして、私が夢かと思って、熟《じっ》と瞶めております中《うち》、跫音《あしおと》もせず壁から抜け出して、枕頭《まくらもと》へ立ちましたが、面長で険のある、鼻の高い、凄《すご》いほど好《い》い年増《としま》なんでございますよ。それが貴方、着物も顔も手足も、稲光《いなびかり》を浴びたように、蒼然《まっさお》で判然《はっきり》と見えました。」
「可訝《おか》しいね。」
「当然《あたりまえ》なら、あれとか、きゃッとか声を立てますのでございますが、どう致しましたのでございますか、別に怖いとも思いませんと、こう遣って。」
と枕に顔を仰向《あおむ》けて、清《すず》しい目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って熟と瞳を据えました。小宮山は悚然《ぞっ》とする。
「そのお神さんが、不思議ではありませんか、ちゃんと私の名を存じておりまして、
(お雪や、お前、あんまり可哀そうだから、私がその病気を復《なお》して上げる、一所においで。)
と立ったまま手を引くように致しましたが、いつの間にやら私の体は、あの壁を抜けて戸外《おもて》へ出まして、見覚《みおぼえ》のある裏山の方へ、冷たい草原の上を、貴方、跣足《はだし》ですたすた参るんでございます。」
十
「零余子《むかご》などを取りに参ります処で、知っておりますんでございますが、そんな家《うち》はある筈《はず》はございません、破家《あばらや》が一軒、それも茫然《ぼんやり》して風が吹けば消えそうな、そこが住居《すまい》なんでございましょう。お神さんは私を引入れましたが、内に入りますと貴方どうでございましょう、土間の上に台があって、荒筵《あらむしろ》を敷いてあるんでございますよ、そこらは一面に煤《すす》ぼって、土間も黴《かび》が生えるように、じくじくして、隅の方に、お神さんと同じ色の真蒼《まっさお》な灯《あかり》が、ちょろちょろと点《とも》れておりました。
(どうだ、お前ここにあるものを知ってるかい。)とお神さんは、その筵の上にあるものを、指《ゆびさし》をして見せますので、私は恐々《こわごわ》覗《のぞ》きますと、何だか厭《いや》な匂のする、色々な雑物《ぞうもつ》がございましたの。
(これはの、皆人を磔《はりつけ》に上げる時に結えた縄だ、)って扱《しご》いて見せるのでございます。私はもう、気味が悪いやら怖いやら、がたがた顫《ふる》えておりますと、お神さんがね、貴方、ざくりと釘を掴《つか》みまして、
(この釘は丑《うし》の時参《ときまいり》が、猿丸の杉に打込んだので、呪《のろい》の念が錆附《さびつ》いているだろう、よくお見。これはね大工が家を造る時に、誤って守宮《やもり》の胴の中へ打込んだものじゃ、それから難破した船の古釘、ここにあるのは女の抜髪、蜥蜴《とかげ》の尾の切れた、ぴちぴち動いてるのを見
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