わざと浮いた風で、
「さあ御縁女様。」
と強く手を引いて扶《たす》け入れたのでありまする。お雪はそんな中《うち》にも、極《きまり》が悪かったと見え、ぼんやり顔をば赧《あか》らめまして、あわれ霜に悩む秋の葉は美しく、蒲団の傍《そば》へ坐りました。
「お雪さん、嬉しいでしょう。」
亭主までが嬉しそうに、莞爾々々《にこにこ》して、
「よくお礼を申上げな。」
と言うのであります。別《わ》けて申上げまするが、これから立女役《たておやま》がすべて女寅《めとら》が煩ったという、優しい哀れな声で、ものを言うのでありまするが、春葉君だと名代の良《い》い処を五六枚、上手に使い分けまして、誠に好《い》い都合でありますけれども、私の地声では、ちっとも情が写りますまい。その辺は大目に、いえ、お耳にお聞溢《ききこぼ》しを願いまして、お雪は面映気《おもはゆげ》に、且つ優《しお》らしく手を支《つか》え、
「難有《ありがと》う存じます、どうぞ、……」
とばかり、取縋《とりすが》るように申しました。小宮山は、亭主といい、女中の深切、お雪の風采《とりなり》、それやこれや胸一杯になりまして、思わずほろりと致しましたが、さりげのう、ただ頷《うなず》いていたのでありました。
「そらお雪、どうせこうなりゃ御厄介だ。お時儀《じぎ》も御挨拶も既に通り越しているんだからの、御遠慮を申さないで、早く寝かして戴くと可い、寒いと悪かろう。俺《おれ》でさえぞくぞくする、病人はなおの事《こ》ッた、お客様ももう御寝《げし》なりまし、お鉄や、それ。」
と急遽《そそくさ》して、実は逃構《にげがまえ》も少々、この臆病者は、病人の名を聞いてさえ、悚然《ぞっ》とする様子で、
お鉄(此奴《こやつ》あ念を入れて名告《なの》る程の事ではなかった)は袖屏風《そでびょうぶ》で、病人を労《いたわ》っていたのでありますが、
「さあさあ早くその中へ、お床は別々でも、お前さん何だよ御婚礼の晩は、女が先へ寝るものだよ、まあさ、御遠慮を申さないで、同じ東京のお方じゃないか、裏の山から見えるなんて、噂ばかりの日本橋のお話でも聞いて、ぐっと気をお引立てなさいなね。水道の水を召食《めしあが》ッていらっしゃれば、お色艶もそれ、お前さんのあの方に、ねえ旦那。」
「まずの。」
と言ったばかりで、金蔵はまじりまじり。大方時刻の移るに従うて、百万遍を気にするのでありましょう。お鉄は元気好く含羞《はにか》むお雪を柔《やわら》かに素直に寝かして、袖を叩き、裾を圧《おさ》え、
「さあ、お客様。」
と言ったのでありまするが、小宮山も人目のある前で枕を並べるのは、気が差して跋《ばつ》も悪うございますから、
「まあまあお前さん方。」
「さようならば、御免を蒙《こうむ》りまする。伊賀|越《ごえ》でおいでなすったお客じゃないから、私《わし》が股引《ももひき》穢《むそ》うても穿《は》いて寝るには及ばんわ、のうお雪。」
「旦那|笑談《じょうだん》ではございませんよ、失礼な。お客様御免下さいまし。」
と二人は一所に挨拶をして、上段の間を出て行《ゆ》きまする、親仁《おやじ》は両提《りょうさげ》の莨入《たばこいれ》をぶら提げながら、克明に禿頭《はげあたま》をちゃんと据えて、てくてくと敷居を越えて、廊下へ出逢頭《であいがしら》、わッと云う騒動《さわぎ》。
「痛え。」とあいたしこをした様子。
さっきから障子の外に、様子を窺《うかが》っておりましたものと見える、誰か女中の影に怯《おび》えたのでありまする。笑うやら、喚《わめ》くやら、ばたばたという内に、お鉄が障子を閉めました。後の十畳敷は寂然《ひっそり》と致し、二筋の燈心《とうすみ》は二人の姿と、床の間の花と神農様の像を、朦朧《もうろう》と照《てら》しまする。
九
小宮山は所在無さ、やがて横になって衾《ふすま》を肩に掛けましたが、お雪を見れば小さやかにふっかりと臥《ふ》して、女雛《めびな》を綿に包んだようでありまする。もとより内気な女の、先方《さき》から声を懸けようとは致しませぬ。小宮山は一晩介抱を引受けたのでありまするから、まず医者の気になりますと物もいい好《よ》いのでありました。
「姉さん、さぞ心細いだろうね、お察し申す。」
「はい。」
「一体どんな心持なんだい。何でも悪い夢は、明かしてぱッぱと言うものだと諺《ことわざ》にも云うのだから、心配事は人に話をする方が、気が霽《は》れて、それが何より保養になるよ。」
としみじみ労《いたわ》って問い慰める、真心は通ったと見えまして、少し枕を寄せるようにして、小宮山の方を向いて、お雪は溜息《ためいき》を吐《つ》きましたが、
「貴方は東京のお方でございますってね。」
「うむ、東京だ、これでも江戸ッ児《こ》だよ。」
「あの、そう伺いますば
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