お杉は端然《ちゃんと》坐ったまま、その髷《まげ》、その櫛《くし》、その姿で、小鍋をかけたまま凍ったもののごとし。
ただいつの間にか、先刻《さっき》欽之助が脱いだままで置いて寝に行った、結城《ゆうき》の半纏《はんてん》を被《き》せかけてあった。とお杉はこれをいって今もさめざめと泣くのである。
五助、作平は左右より、焦《いら》って二ツ三ツ背中をくらわすと、杉はアッといって、我に返ると同時に、
「おいらんが、遊女《おいらん》が、」と切なそうにいった。
半纏はお若が心優しく、いまわの際にも勦《いたわ》ってその時かけて行ったのであろう。
後にお杉はうつつながら、お若が目前《まのあたり》に湯を取りに来たことも、しかもまくり手して重そうに持って湯殿の方《かた》へ行ったことも、知っていたが、これよりさき朦朧《もうろう》として雪ぢらしの部屋着を被《き》た、品の可《い》い、脊の高い、見馴《みな》れぬ遊女《おいらん》が、寮の内を、あっちこっち、幾たびとなくお若の身に前後して、お杉が自分で立とうとすると、屹《きっ》と睨《にら》まれて身動きが出来ないのであったと謂《い》う。
とこういうべき暇《いとま》
前へ
次へ
全88ページ中85ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング