あらず、我に復《かえ》るとお杉も太《いた》くお若の身を憂慮《きづか》っていたので、飛立つようにして三人奥の室《ま》へ飛込んだが、噫《ああ》。
既に遅矣《おそし》、雪の姿も、紅梅も、狼藉《ろうぜき》として韓紅《からくれない》。
狂気のごとくお杉が抱き上げた時、お若はまだ呼吸《いき》があったが、血の滴る剃刀を握ったまま、
「済みませんね、済みませんね。」と二声いったばかり、これはただ皮を切った位であったけれども暁を待たず。
男は深疵《ふかで》だったけれども気が確《たしか》で、いま駆《かけ》つけた者を見ると、
「お前方、助けておくれ、大事な体だ。」
といったので、五助作平、腰を抜いた。
この事実は、翌早朝、金杉の方から裏へ廻って、寮の木戸へつけて、同一《おなじ》枕に死骸を引取って行った馬車と共によく秘密が守られた。
しかし馬車で乗《のり》つけたのは、昨夜《ゆうべ》伊予紋へ、少将の夫人の使《つかい》をした、橘《たちばな》という女教師と、一名の医学士であった。
その診察に因って救うべからずと決した時、次の室《ま》に畏《かしこま》っていた、二上屋藤三郎すなわちお若の養父から捧げられた
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