。宵におびやかされた名残《なごり》とばかり、さまでには思わなかった作平も、まさしく少《わか》い声の男に、寮の道を教えたので、すてもおかず、ともかくもと大急ぎで、出掛ける拍子に、棒を小腋《こわき》に引きそばめた臆病《おくびょう》ものの可笑《おかし》さよ。
戸外《おもて》へ出ると、もう先刻《さっき》から雪の降る底に雲の行交《ゆきか》う中に、薄く隠れ、鮮かに顕《あらわ》れていたのがすっかり月の夜《よ》に変った。火の番の最後の鉄棒《かなぼう》遠く響いて廓《くるわ》の春の有明なり。
出合頭《であいがしら》に人が一人通ったので、やにわに棒を突立てたけれども、何、それは怪しいものにあらず、
「お早うがすな。」と澄《すま》して土手の方へ行った。
積んだ薪《たきぎ》の小口さえ、雪まじりに見える角の炭屋の路地を入ると、幽《かすか》にそれかと思う足あとが、心ばかり飛々《とびとび》に凹《くぼ》んでいるので、まず顔を見合せながら進んで門口《かどぐち》へ行《ゆ》くと、内は寂《しん》としていた。
これさえ夢のごときに、胸を轟《とどろ》かせながら、試みに叩いたが、小塚原《こつかッぱら》あたりでは狐の声とや怪し
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