行水ッて湯殿でお前、小桶《こおけ》に沸《わき》ざましの薬鑵《やかん》の湯を打《ぶ》ちまけて、お前、惜気もなく、肌を脱ぐと、懐にあった剃刀を啣《くわ》えたと思いねえ。硝子戸《がらすど》の外から覗《のぞ》いてた、私《わし》が方を仰向《あおむ》いての、仰向くとその拍子に、がッくり抜けた島田の根を、邪慳《じゃけん》に引《ひっ》つかんだ、顔色《かおつき》ッたら、先刻《さっき》見た幽霊にそッくりだあ、きゃあッともいおうじゃあねえか、だからお前、疾《はや》く行って留めねえと。」
「そして男を殺すとでもいうたかい、」
「いや、私《わし》が夢はお前《めえ》の夢、ええ、小じれッてえ。何でもお前が紅梅屋敷を教えたからだ。今思やうつつだろうか、晩方しかも今日|研立《とぎたて》の、お若さんの剃刀を取られたから、気になって、気になって堪《たま》るめえ。
処へ夜が更けて、尋ねて行《ゆ》くものがあるから、おかしいぜ、此奴《こいつ》、贔屓《ひいき》の田之助に怪我でもあっちゃあならねえと、直ぐにあとをつけて行《ゆ》くつもりだっけ、例の臆病《おくびょう》だから叶わねえ、不性《ぶしょう》をいうお前を、引張出《ひっぱりだ》し
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