手《ゆんで》に取ってじっと見る間に、面《おもて》の色が颯《さっ》と変った。
「わッ。」
というと研屋《とぎや》の五助、喚《わめ》いて、むッくと弾《は》ね起きる。炬燵の向うにころりとせ、貧乏徳利を枕にして寝そべっていた鏡研《かがみとぎ》の作平、もやい蒲団《ぶとん》を弾反《はねかえ》されて寝惚声《ねぼげごえ》で、
「何じゃい、騒々しい。」
五助は服《きもの》はだけに大の字|形《なり》の名残《なごり》を見せて、蟇《ひきがえる》のような及腰《およびごし》、顔を突出して目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って、障子越に紅梅屋敷の方《かた》を瞻《みつ》めながら、がたがたがたがた、
「大変だ、作平さん、大変だ、ひ、ひ、人殺し!」
「貧乏神が抜け出す前兆《しらせ》か、恐しく怯《おど》されるの、しっかりさっししっかりさっし。」といいながら、余り血相のけたたましさに、捨ておかれずこれも起きる。枕頭《まくらもと》には大皿に刺身のつま、猪口《ちょく》やら箸《はし》やら乱暴で。
「いや、お前《めえ》しっかりしてくれ、大変だ、どうも恐しい祟《たたり》だぜ、一方《ひとかた》ならねえ執念だ。」
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