お帰りなさいまし。
 私《わたくし》どもの分際でこう申しちゃあ失礼でございますけれども、何だかあなたはお厄日ででもいらっしゃいますように存じますわ。
 お顔色もまだお悪うございますし、御気分がどうかでございますが、雪におあたりなすったのかも知れません。何だか、御大病の前ででもあるように、どこか御様子がお寂しくッて、それにしょんぼりしておいでなさいますよ。
 御自分じゃちゃんとしてお在《いで》遊ばすのでございましょうけれども、どうやらお心が確《たしか》じゃないようにお見受申します。
 お聞き申しますと悪いことばかり、お宅から召したお腕車は破《こわ》れたでしょう、松坂屋の前からのは、間違えて飛んだ処へお連れ申しますし、お時計はなくなります。またお気にお懸け遊ばすには及びませんが、お託《ことづか》り下さいましたものも失《う》せますね。それも二度、これも二度、重ね重ね御災難、二度のことは三度とか申します。これから四ツ谷|下《くん》だりまで、そりゃ十年お傭《やとい》つけのような確《たしか》な若いものを二人でも三人でもお跟《つ》け申さないでもございませんが、雪や雨の難渋なら、皆《みんな》が御迷惑を
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