あ私が償おう。いいえ、どうぞそうさしておくんなさい、大したことならば帰るまで待ってもらおうし、そんなでも無いなら遣《つか》って可いのを持っているから。」と思込んで言った。
「飛んでもない、貴下《あなた》、」と杉。
 お若は知らぬ顔をして莞爾《にっこり》している。
 此方《こなた》は熱心に、
「お願いだから、可いんだから、それでないと実に面目を失する。こうやって顔を合していても冷汗が出るほど、何だか極《きまり》が悪いんだ、夜々中《よるよなか》見ず知らずが入込んで、どうも変だ。」
「あなた、可いんですよ、私お金子を持っています、何にも遣わないお小遣《こづかい》が沢山《たんと》あるわ、銀のだの、貴下、紙幣《さつ》のだの、」といいながら、窮屈そうに坐って畏《かしこ》まっていた勝色《かちいろ》うらの褄《つま》を崩して、膝を横、投げ出したように玉の腕《かいな》を火鉢にかけて、斜《ななめ》に欽之助の面《おもて》を見た。姿も容《かたち》も、世にまたかほどまでに打解けた、ものを隠さぬ人を信じた、美しい、しかも蟠《わだかまり》のない言葉はあるまい。

     左の衣兜

       二十二

 意外な
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