、お若は愛くるしい頬を支えて白い肱に襦袢の袖口を搦《から》めながら、少し仰向いて、考えるらしく銀《すず》のような目を細め、
「何だろうねえ、杉や。」
「さようでございます、」とばかり一大事の、生命《いのち》がけの、約束の、助けるのと、ちっとも心あたりは無かったが、あえて客の言《ことば》を疑う色は無かったのである。
「待って下さい、」とこの時、また右の方の衣兜《かくし》を探って、小首を傾け、
「はてな、じゃあ外套《がいとう》の方だった、」と片膝立てたので。
杉、
「私が。」
「確か左の衣兜へ、」
と差俯《さしうつむ》いた処へ、玄関から、この人のと思うから、濡れたのを厭《いと》わず、大切に抱くようにして持って来た。
敷居の上へ斜《ななめ》に拡げて、またその衣兜へ手を入れたが、冷たかったか、慄《ぞっ》としたよう。
二十一
「可《よ》うございますよ、お落しなさいましても、あなたちっとも御心配なことはないの。」
探しあぐんで、外套を押遣《おしや》って、ちと慌てたように広袖《どてら》を脱ぎながら、上衣の衣兜へまた手を入れて、顔色をかえて悄《しお》れてじっと考えた時、お若は
前へ
次へ
全88ページ中68ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング