も無いとも考えたから。
 お前さんどうしたんですッて。」
「まあ、御深切に、」と、話に聞惚《ききと》れたお若は、不意に口へ出した、心の声。
「傍《そば》へ寄って見ると、案の定、跣足《はだし》で居る、実に乱次《しどけ》ない風で、長襦袢《ながじゅばん》に扱帯《しごき》をしめたッきり、鼠色の上着を合せて、兵庫という髪が判然《はっきり》見えた、それもばさばさして今寝床から出たという姿だから、私は知らないけれども疑う処はない、勤人《つとめにん》だ。
 脊の高いね、恐しいほど品の好《い》い遊女《おいらん》だったッけ。」

       二十

「その婦人《おんな》に頼まれたんです。姉さん、」と謂いかけて、美しい顔をまともに屹《きっ》と女《むすめ》に向けた。
 お若は晴々しそうに、ちょいと背けて、大呼吸《おおいき》をつきながら、黙って聞いているお杉と目を合せたのである。
「誰?」
「へい。」と、ただまじまじする。
「姉さんに、その遊女《おいらん》が今夜中にお届け申す約束のものがあるが、寮にいらっしゃるお若さん、同一《おなじ》御主人だけれども、旦那とかには謂われぬこと、朋友《ともだち》にも知れてはなら
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