へいらっしゃると、もうお出かけになりましたあとだそうです。お約束のものが昨日《きのう》出来上って参りましたものですから、それを貴下《あなた》にお贈り申したいとおっしゃって、お持ちなすったのでございますが、お留守だというのでそのまま持ってお帰りなすって、あの児《こ》のことだから、大丈夫だろうとは思うけれど、そうでもない、お朋達《ともだち》におつき合で、他《ほか》ならば可《い》いが、芳原へでも行《ゆ》くと危い。お出かけさきへ行ってお渡し申せ、とこれを私にお預けなさいましたから、腕車で大急ぎで参りました。
 何でも広徳寺前|辺《あたり》に居る、名人の研屋《とぎや》が研ぎましたそうでございますからッてね、紫の袱紗包《ふくさづつみ》から、錦《にしき》の袋に入った、八寸の鏡を出して、何と料理屋の玄関で渡すだろうじゃありませんか。」と少年は一|呼吸《いき》ついた。お若と女中は、耳も放さず目も放さず。
「鏡の来歴は叔母が口癖のように話すから知っています。何でも叔父がこの廓《くるわ》で道楽をして、命にも障る処を、そのお庇《かげ》で人らしくなったッてね。
 私も決して良い処とは思わないけれども、大抵様子は
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