ない。吹雪じゃアあるし、何でも可いから宅《うち》まで曳いてッておくれ、お礼はするからと、私も困ってね。
 頼むようにしたけれど、ここまで参ったのさえ大汗なんで、とても坂を上《あが》って四ツ谷くんだりまでこの雪に行《ゆ》かれるもんじゃあない。
 箱根八里は馬でも越すがと、茶にしていやがる。それに今夜ちっと河岸《かし》の方とかで泊り込《こみ》という寸法があります、何ならおつき合なさいましと、傍若無人、じれッたくなったから、突然《いきなり》靴だから飛び下りたさ。」


     二人使者

       十八

 欽之助は茶一碗、霊水《かたちみず》のごとくぐっと干して、
「お恥かしいわけだけれど、実は上野の方へ出る方角さえ分らない。芳原はそこに見えるというのに、車一台なし、人ッ子も通らない。聞くものはなし、一体何時頃か知らんと、時計を出そうとすると、おかしい、掏《す》られたのか、落したのか、鎖ぐるみなくなっている。時間さえ分らなくなって、しばらくあの坂の下り口にぼんやりして立っていた。
 心細いッたらないのだもの、おまけに目もあてられない吹雪と来て、酔覚《えいざめ》じゃあり、寒さは寒し、四ツ
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