いたろうじゃあないか。いつの間にか四辺《あたり》は真白《まっしろ》だし、まるで野原。右手の方の空にゃあ半月のように雪空を劃《くぎ》って電燈が映ってるし、今度|行《ゆ》こうという、その遠方の都の冬の処を、夢にでも見ているのじゃあるまいかと思った。
 それで、御本人はまさしく日本の腕車《くるま》に乗ってさ、笑っちゃあ不可《いけな》い車夫が日本人だろうじゃあないか。雪の積った泥除《どろよけ》をおさえて、どこだ、若い衆、どこだ、ここはツて、聞くと、御串戯《ごじょうだん》もんだ、と言うんです。
 四ツ谷へ帰るんだッてね、少し焦《じ》れ込むと、まあ宜《よ》うがすッさ、お聞きよ。
 馬鹿にしちゃ可《い》かん、と言って、間違《まちがい》の原因《もと》を尋ねたら、何も朋友《ともだち》が引張《ひっぱ》って来たという訳じゃあなかった。腕車に乗った時は私一人雪の降る中をよろけて来たから、ちょうど伊藤松坂屋の前の処で、旦那召しまし、と言ったら、ああ遣《や》ってくれ、といって乗ったそうだ。
 遣ってくれと言うから、廓《なか》へ曳《ひ》いて来たのに不思議はありますまいと澄《すま》したもんです。議論をしたっておッつか
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