引くごとく掌《てのひら》に据えたが、捨吉に差向けて、
「これだ、」
「どれ、」
 箱を押すとすッと開いて、研澄《とぎす》ましたのが素直《まっすぐ》に出る、裏書をちょいと視《なが》め、
「こりゃ青柳《あおやぎ》さんと、可《よ》し、梅の香さんと、それから、や、こりゃ名がねえが間違やしないか。」
「大丈夫、」
「確《たしか》かね。」
「千本ごッたになったって私《わっし》が受取ったら安心だ、お持ちなせえ、したが捨さん、」
「なあに、間違ったって剃刀だあ。」
「これ、剃刀だあじゃあねえよ、お前《めえ》さん。今日は十九日だぜ。」
「ええ、驚かしちゃあ不可《いけね》え、張店《はりみせ》の遊女《おいらん》に時刻を聞くのと、十五日|過《すぎ》に日をいうなあ、大の禁物だ。年代記にも野暮の骨頂としてございますな。しかも今年は閏《うるう》がねえ。」
「いえ、閏があろうとあるまいと、今日は全く十九日だろうな。」と目金越に覗《のぞ》き込むようにして謂《い》ったので、捨吉は変な顔。
「どうしたい。そうさ、」
「お前《めえ》さん楼《とこ》じゃあ構わなかったっけか。」
「何を、」
「剃刀をさ。」
 謂うことはのみ込めな
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