しい、眠け交《まじ》りのやや周章《あわ》てた声して、上框《あがりがまち》から手を伸《のば》した様子で、掛金をがッちり。
 その時|戸外《おもて》に立ったのが、
「お待ちなさい、貴方《あなた》はお宅《うち》の方なんですか。」と、ものありげに言ったのであるが、何の気もつかない風で、
「はい、あの、杉でございます。」と、あたかもその眠っていたのを、詫びるがごとき口吻《くちぶり》である。
 その間《ま》になお声をかけて、
「宜いんですか、開けても、夜がふけております。」
「へい、……、」ちと変った言《いい》ぐさをこの時はじめて気にしたらしく、杉というのは、そのままじっとして手を控えた。
 小留《おやみ》のない雪は、軒の下ともいわず浴びせかけて降《ふり》しきれば、男の姿はありとも見えずに、風はますます吹きすさぶ。

       十五

「杉、爺《じい》やかい。」とこの時に奥の方《かた》から、風こそ荒《すさ》べ、雪の夜《よ》は天地を沈めて静《しずか》に更け行《ゆ》く、畳にはらはらと媚《なま》めく跫音《あしおと》。
 端近《はしぢか》になったがいと少《わか》く清《すず》しき声で、
「辻が帰っておい
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