群《むらが》って、真白《まっしろ》な灯取虫《ひとりむし》がばたばた羽をあてる風情であった。
やがて、初夜すぐるまでは、縦横に乱れ合った足駄|駒下駄《こまげた》の痕《あと》も、次第に二ツとなり、三ツとなり、わずかに凹《くぼみ》を残すのみ、車の轍《わだち》も遥々《はるばる》と長き一条の名残《なごり》となった。
おうおうと遠近《おちこち》に呼交《よびかわ》す人声も早や聞えず、辻に彳《たたず》んで半身に雪を被《かぶ》りながら、揺り落すごとに上衣のひだの黒く顕《あらわ》れた巡査の姿、研屋《とぎや》の店から八九間さきなる軒下に引込《ひっこ》んで、三島神社の辺《あたり》から大音寺前の通《とおり》、田町にかけてただ一白。
折から颯《さっ》と渡った風は、はじめ最も低く地上をすって、雪の上面《うわづら》を撫《な》でてあたかも篩《ふるい》をかけたよう、一様に平《たいら》にならして、人の歩行《ある》いた路ともなく、夜の色さえ埋《うず》み消したが、見る見る垣を亙《わた》り、軒を吹き、廂を掠《かす》め、梢を鳴らし、一陣たちまち虚蒼《あそぞら》に拡がって、ざっという音|烈《はげ》しく、丸雪は小雪を誘って、八方
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