細く聞ゆるごとく、
「不浄|除《よ》けの別火だとさ、ほほほほほ、」
わずかに解いた唇に、艶々《つやつや》と鉄漿《かね》を含んでいる、幻はかえって目前《まのあたり》。
「わッ」というと真俯向《まうつむき》、五助は人心地あることか。
「横町に一ツずつある芝の海さ、見や、長屋の中を突通しに廓《くるわ》が見えるぜ。」
とこの際|戸外《おもて》を暢気《のんき》なもの。
「や! 雪だ、雪だ。」と呼《よば》わったが、どやどやとして、学生あり、大へべれけ、雪の進軍氷を踏んで、と哄《どッ》とばかりになだれて通る。
雪の門
十四
宵に一旦《いったん》ちらちらと降ったのは、垣の結目《ゆいめ》、板戸の端、廂《ひさし》、往来《ゆきき》の人の頬、鬢《びん》の毛、帽子の鍔《つば》などに、さらさらと音ずれたが、やがて声はせず、さるものの降るとも見えないで、木の梢《こずえ》も、屋の棟も、敷石も、溝板も、何よりはじまるともなしに白くなって、煙草《たばこ》屋の店の灯《ともしび》、おでんの行燈《あんどう》、車夫の提灯《かんばん》、いやしくもあかりのあるものに、一しきり一しきり、綿のちぎれが
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