うしろから肩越に気高い顔を一所にうつして、遊女《おいらん》が死のうという気じゃ。
 あなた、私の心が見えましょう、と覗込《のぞきこ》んだ時に、ああ、堪忍しておくんなさい、とその鏡を取って俯向《うつむ》けにして、男がぴったりと自分の胸へ押着《おッつ》けたと。
 何を他人がましい、あなた、と肩につかまった女の手を、背後《うしろ》ざまに弾《は》ねたので、うんにゃ、愚痴なようだがお前には怨《うらみ》がある。母様《おっかさん》によく肖《に》た顔を、ここで見るのは申訳がないといって、がっくり俯向いて男泣《おとこなき》。
 遊女《おいらん》はこれを聞くと、何と思ったか、それだけのものさえ持てようかという痩《や》せた指で、剃刀《かみそり》を握ったまま、顔の色をかえて、ぶるぶると震えたそうじゃが、突然《いきなり》逆手《さかて》に持直して、何と、背後《うしろ》からものもいわずに、男の咽喉《のど》へ突込《つっこ》んだ。」
 五助は剃刀の平《ひら》を指で圧《おさ》えたまま、ひょいと手を留めた。
「おお、危《あぶね》え。」
「それにの、刃物を刺すといや、針さしへ針をさすことより心得ておらぬような婦人《おんな》
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