ごけさま》じゃ、まず御後室というのかい。ところでその旦那様というのはしかるべきお侍、もうその頃は金モオルの軍人というのじゃ。
鹿児島戦争の時に大したお手柄があって、馬車に乗らっしゃるほどな御身分になんなされたとの。その方が少《わか》い時よ。
誰もこの迷《まよい》ばかりは免れぬわ。やっぱりそれこちとらがお花主《とくい》の方に深いのが一人出来て、雨の夜《よ》、雪の夜もじゃ。とどの詰《つま》りがの、床の山で行倒れ、そのまんまずッと引取られたいより他《ほか》に、何の望《のぞみ》もなくなったというものかい。居続けの朝のことだとの。
遊女《おいらん》は自分が薄着なことも、髪のこわれたのも気がつかずに、しみじみと情人《いろ》の顔じゃ。窶《やつ》れりゃ窶れるほど、嬉しいような男振《おとこぶり》じゃが、大層|髭《ひげ》が伸びていた。
鏡台の前に坐らせて、嗽《うがい》茶碗で濡《ぬら》した手を、男の顔へこう懸けながら、背後《うしろ》へ廻った、とまあ思わっせえ。
遊女《おいらん》は、胸にものがあってしたことか。わざと八寸の延鏡《のべかがみ》が鏡|立《たて》に据えてあったが、男は映る顔に目も放さず。
前へ
次へ
全88ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング