を研ごうと思って。
うっかりしていたが、一挺来ていたというもんだ、いつでもこうさ。
一体十九日の紛失一件は、どうも廓《くるわ》にこだわってるに違《ちげ》えねえ。祟《たた》るのは妓衆《こどもし》なんだからね、少姐《ねえさん》なんざ、遊女《おいらん》じゃあなし、しかも廓内《くるわうち》に居るんじゃあねえから構うめえと思ってよ。
まあ何にしろ変な訳さ。今に見ねえ、今日もきっと誰方《どなた》か取りにござる。いや作平さん、狐千年を経《ふ》れば怪をなす、私《わっし》が剃刀研《かみそりとぎ》なんざ、商売往来にも目立たねえ古物《こぶつ》だからね、こんな場所がらじゃアあるし、魔がさすと見えます。
そういやあ作平さん、お前さんの鏡研《かがみとぎ》も時代なものさ、お互《たげえ》に久しいものだが、どうだ、御無事かね。二階から白井権八の顔でもうつりませんかい。」
その箱と盥《たらい》とを荷《にな》った、痩《やせ》さらぼいたる作平は、蓋《けだ》し江戸市中|世渡《よわたり》ぐさに俤《おもかげ》を残した、鏡を研いで活業《なりわい》とする爺《じじい》であった。
淋しげに頷《うなず》いて、
「ところがもし御同
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