ながらお怠け遊ばす、婆《ばばあ》どんの居た内はまだ稼ぐ気もあったもんだが、もう叶《かな》わねえ。
 人間色気と食気が無くなっちゃあ働けねえ、飲《のみ》けで稼ぐという奴《やつ》あ、これが少ねえもんだよ、なあ、お勝さん、」と振向いて呼んでみたが、
「もうお出懸けだ、いや、よく老実《まめ》に廻ることだ。はははは作平さん、まあ、話しなせえ、誰も居ねえ、何ならこっちへ上って炬燵《こたつ》に当ってよ、その障子を開けりゃ可《い》い、はらんばいになって休んで行《ゆ》きねえ。」
「そうもしてはいられぬがの、通りがかりにあれじゃ、お前さんの話が耳に入《い》って、少し附かぬことを聞くようじゃけれど、今のその剃刀《かみそり》の失《う》せるという日は、確か十九日とかいわしった、」
「むむ、十九日十九日、」と、気乗《きのり》がしたように重ね返事、ふと心付いた事あって、
「そうだ、待ちなせえ、今日は十九日と、」
 五助は身を捻《ひね》って、心覚《こころおぼえ》、後《うしろ》ざまに棚なる小箱の上から、取下《とりおろ》した分厚な一|綴《てつ》の註文帳。
 膝の上で、びたりと二つに割って開け、ばらばらと小口を返して、指の
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