れない》は、早や咲初《さきそ》めた莟《つぼみ》である。
 捨吉は更《あらた》めて、腰を屈《かが》めて揉手《もみで》をし、
「旦那御一所に。」
「おお、これからの、」
 という処へ、萌黄《もえぎ》裏の紺看板に二の字を抜いた、切立《きったて》の半被《はっぴ》、そればかりは威勢が可《い》いが、かれこれ七十にもなろうという、十筋右衛門《とすじうえもん》が向顱巻《むこうはちまき》。
 今一|人《にん》、唐縮緬《とうちりめん》の帯をお太鼓に結んで、人柄な高島田、風呂敷包を小脇に抱えて、後前《あとさき》に寮の方から路地口へ。
 捨吉はこれを見て、
「や、爺《とっ》さん、こりゃ姉さん、」
「ああ、今日はちっとの、内証《ないしょ》に芝居者のお客があっての、実は寮の方で一杯と思って、下拵《したごしらえ》に来てみると、困るじゃあねえか、お前《めえ》。」
「へい、へい成程。」
「お若が例のやんちゃんをはじめての、騒々しいから厭《いや》だと謂《い》うわ。じゃあ一晩だけ店の方へ行っていろと謂ったけれど、それをうむという奴かい。また眩暈《めまい》をされたり、虫でも発《おこ》されちゃあ叶《かな》わねえ。その上お前、こ
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