し。」
「や、」
「どうした。」
「へい、」
「近頃はどうだ、ちったあ当りでもついたか、汝《てめえ》、桐島のお消《けし》に大分執心だというじゃあないか。」
「どういたしまして、」
「少しも御遠慮には及ばぬよ。」
「いえ、先方《さき》へでございます、旦那《だんな》にじゃあございません。」
「そうか、いや意気地《いくじ》の無い奴《やつ》だ。」と腹蔵の無い高笑《たかわらい》。少禿天窓《すこはげあたま》てらてらと、色づきの好《い》い顔容《かおかたち》、年配は五十五六、結城《ゆうき》の襲衣《かさね》に八反の平絎《ひらぐけ》、棒縞《ぼうじま》の綿入半纏《わたいればんてん》をぞろりと羽織って、白縮緬《しろちりめん》の襟巻をした、この旦那と呼ばれたのは、二上屋藤三郎《ふたかみやとうさぶろう》という遊女屋の亭主で、廓《くるわ》内の名望家、当時見番の取締《とりしまり》を勤めているのが、今|向《むこう》の路地の奥からぶらぶらと出たのであった。
 界隈《かいわい》の者が呼んで紅梅屋敷という、二上屋の寮は、新築して実にその路地の突当《つきあたり》、通《とおり》の長屋並《ならび》の屋敷越に遠くちらちらとある紅《く
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