に巻くと、キリキリと糸を張って、一ツ星に颯と外《そ》れた。
「魔が来たよう。」
「天狗《てんぐ》が取ったあ。」
ワッと怯《おび》えて、小児《こども》たちの逃散る中を、団栗《どんぐり》の転がるように杢若は黒くなって、凧の影をどこまでも追掛《おっか》けた、その時から、行方知れず。
五日目のおなじ晩方に、骨ばかりの凧を提げて、やっぱり鳥居際にぼんやりと立っていた。天狗に攫《さら》われたという事である。
それから時々、三日、五日、多い時は半月ぐらい、月に一度、あるいは三月に二度ほどずつ、人間界に居なくなるのが例年で、いつか、そのあわれな母のそうした時も、杢若は町には居なかったのであった。
「どこへ行ってござったの。」
町の老人が問うのに答えて、
「実家《さと》へだよう。」
と、それ言うのである。この町からは、間に大川を一つ隔てた、山から山へ、峰続きを分入るに相違ない、魔の棲《す》むのはそこだと言うから。
「お実家《さと》はどこじゃ。どういう人が居さっしゃる。」
「実家の事かねえ、ははん。」
スポンと栓を抜く、件《くだん》の咳《せきばらい》を一つすると、これと同時に、鼻が尖《とが》り
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