た時の容体と少しも変らぬ。
杢若が、さと[#「さと」に傍点]と云うのは、山、村里のその里の意味でない。註をすれば里よりは山の義で、字に顕《あらわ》せば故郷《ふるさと》になる……実家《さと》になる。
八九年|前《ぜん》晩春の頃、同じこの境内で、小児《こども》が集《あつま》って凧《たこ》を揚げて遊んでいた――杢若は顱《はち》の大きい坊主頭で、誰よりも群を抜いて、のほんと脊が高いのに、その揚げる凧は糸を惜《おし》んで、一番低く、山の上、松の空、桐の梢《こずえ》とある中に、わずかに百日紅《さるすべり》の枝とすれすれな所を舞った。
[#ここから6字下げ]
大風来い、大風来い。
小風は、可厭《いや》、可厭……
[#ここで字下げ終わり]
幼い同士が威勢よく唄う中に、杢若はただ一人、寒そうな懐手、糸巻を懐中《ふところ》に差込んだまま、この唄にはむずむずと襟を摺《す》って、頭《かぶり》を掉《ふ》って、そして面《つら》打って舞う己《おの》が凧に、合点合点をして見せていた。
……にもかかわらず、烏が騒ぐ逢魔《おうま》が時、颯《さっ》と下した風も無いのに、杢若のその低い凧が、懐の糸巻をくるりと空
前へ
次へ
全34ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング