ここに、杢若がその怪しげなる蜘蛛《くも》の巣を拡げている、この鳥居の向うの隅、以前|医師《いしゃ》の邸の裏門のあった処に、むかし番太郎と言って、町内の走り使人《つかい》、斎《とき》、非時の振廻《ふれまわ》り、香奠《こうでん》がえしの配歩行《くばりある》き、秋の夜番、冬は雪|掻《かき》の手伝いなどした親仁《おやじ》が住んだ……半ば立腐りの長屋建て、掘立小屋《ほったてごや》という体《てい》なのが一棟《ひとむね》ある。
 町中が、杢若をそこへ入れて、役に立つ立たないは話の外で、寄合持で、ざっと扶持《ふち》をしておくのであった。
「杢さん、どこから仕入れて来たよ。」
「縁の下か、廂合《ひあわい》かな。」
 その蜘蛛の巣を見て、通掛《とおりかか》りのものが、苦笑いしながら、声を懸けると、……
「違います。」
 と鼻ぐるみ頭を掉《ふ》って、
「さと[#「さと」に傍点]からじゃ、ははん。」と、ぽんと鼻を鳴らすような咳払《せきばらい》をする。此奴《こいつ》が取澄ましていかにも高慢で、且つ翁寂《おきなさ》びる。争われぬのは、お祖父さんの御典医から、父典養に相伝して、脈を取って、ト小指を刎《は》ね
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