だ。間もなく枢《ひつぎ》という四方|張《ばり》の俎《まないた》に載《の》せて焼かれてしまった。斎木の御新造は、人魚になった、あの暴風雨《あらし》は、北海の浜から、潮《うしお》が迎いに来たのだと言った――
その翌月、急病で斎木国手が亡くなった。あとは散々《ちりぢり》である。代診を養子に取立ててあったのが、成上りのその肥満女《ふとっちょ》と、家蔵《いえくら》を売って行方知れず、……下男下女、薬局の輩《ともがら》まで。勝手に掴《つか》み取りの、梟《ふくろう》に枯葉で散り散りばらばら。……薬臭い寂しい邸は、冬の日売家の札が貼《は》られた。寂《しん》とした暮方、……空地の水溜《みずたまり》を町の用心水《ようじんみず》にしてある掃溜《はきだめ》の芥棄場《ごみすてば》に、枯れた柳の夕霜に、赤い鼻を、薄ぼんやりと、提灯《ちょうちん》のごとくぶら下げて立っていたのは、屋根から落ちたか、杢若《もくわか》どの。……親は子に、杢介とも杢蔵とも名づけはしない。待て、御典医であった、彼のお祖父《じい》さんが選んだので、本名は杢之丞《もくのじょう》だそうである。
――時に、木の鳥居へ引返そう。
前へ
次へ
全34ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング