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世間体にも、容体にも、痩《や》せても袴《はかま》とある処《ところ》を、毎々薄汚れた縞《しま》の前垂《まえだれ》を〆《し》めていたのは食溢《くいこぼ》しが激しいからで――この頃は人も死に、邸《やしき》も他《よそ》のものになった。その医師《いしゃ》というのは、町内の小児《こども》の記憶に、もう可なりの年輩だったが、色の白い、指の細く美しい人で、ひどく権高な、その癖|婦《おんな》のように、口を利くのが優しかった。……細君は、赭《あか》ら顔、横ぶとりの肩の広い大円髷《おおまるまげ》。眦《めじり》が下って、脂《あぶら》ぎった頬《ほお》へ、こう……いつでもばらばらとおくれ毛を下げていた。下婢《おさん》から成上ったとも言うし、妾《めかけ》を直したのだとも云う。実《まこと》の御新造《ごしんぞ》は、人づきあいはもとよりの事、門《かど》、背戸へ姿を見せず、座敷牢とまでもないが、奥まった処に籠切《こもりき》りの、長年の狂女であった。――で、赤鼻は、章魚《たこ》とも河童《かっぱ》ともつかぬ御難なのだから、待遇《あつかい》も態度《なりふり》も、河原の砂から拾って来たような体《てい》であったが、実は前妻のそ
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