萸《やまぐみ》の夜露が化けた風情にも、深山《みやま》の状《さま》が思わるる。
「いつでも俺は、気の向いた時、勝手にふらりと実家《さと》へ行《ゆ》くだが、今度は山から迎いが来たよ。祭礼《まつり》に就いてだ。この間、宵に大雨のどッとと降った夜さり、あの用心池の水溜《みずたまり》の所を通ると、掃溜《はきだめ》の前に、円い笠を着た黒いものが蹲踞《しゃが》んでいたがね、俺を見ると、ぬうと立って、すぽんすぽんと歩行《ある》き出して、雲の底に月のある、どしゃ降《ぶり》の中でな、時々、のほん、と立停《たちどま》っては俺が方をふり向いて見い見いするだ。頭からずぼりと黒い奴で、顔は分んねえだが、こっちを呼びそうにするから、その後へついて行《ゆ》くと、石の鳥居から曲って入って、こっちへ来ると見えなくなった――
 俺《おら》あ家へ入ろうと思うと、向うの百日紅《さるすべり》の樹の下に立っている……」
 指した方《かた》を、従七位が見返った時、もうそこに、宮奴《みやっこ》の影はなかった。
 御手洗《みたらし》の音も途絶えて、時雨《しぐれ》のような川瀬が響く。……

       八

「そのまんま消えたがのう。お
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