従七位は、白痴《ばか》の毒気を避けるがごとく、笏《しゃく》を廻して、二つ三つ這奴《しゃつ》の鼻の尖《ささ》を払いながら、
「ふん、で、そのおのれが婦《おなご》は、蜘蛛の巣を被《かぶ》って草原に寝ておるじゃな。」
「寝る時は裸体《はだか》だよ。」
「む、茸はな。」
「起きとっても裸体だにのう。――
 粧飾《めか》す時に、薄《うっす》らと裸体に巻く宝ものの美《うつくし》い衣服《きもの》だよ。これは……」
「うむ、天の恵《めぐみ》は洪大じゃ。茸にもさて、被《き》るものをお授けなさるじゃな。」
「違うよ。――お姫様の、めしものを持て――侍女《こしもと》がそう言うだよ。」
「何じゃ、待女《こしもと》とは。」
「やっぱり、はあ、真白《まっしろ》な膚《はだ》に薄紅《うすべに》のさした紅茸だあね。おなじものでも位が違うだ。人間に、神主様も飴屋もあると同一《おなじ》でな。……従七位様は何も知らっしゃらねえ。あはは、松蕈《まつたけ》なんぞは正七位の御前様《ごぜんさま》だ。錦《にしき》の褥《しとね》で、のほんとして、お姫様を視《なが》めておるだ。」
「黙れ! 白痴《たわけ》!……と、こんなものじゃ。」
 と
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