に、音の無い草鞋を留《と》めた。
この行燈で、巣に搦《から》んだいろいろの虫は、空蝉《うつせみ》のその羅《うすもの》の柳条目《しまめ》に見えた。灯に蛾《ひとりむし》よりも鮮明《あざやか》である。
但し異形な山伏の、天狗、般若、狐も見えた。が、一際《ひときわ》色は、杢若の鼻の頭《さき》で、
「えら美しい衣服《べべ》じゃろがな。」
と蠢《うごめ》かいて言った処は、青竹二本に渡したにつけても、魔道における七夕《たなばた》の貸小袖という趣である。
従七位の摂理の太夫は、黒痘痕《くろあばた》の皺《しわ》を歪《ゆが》めて、苦笑《にがわらい》して、
「白痴《たわけ》が。今にはじめぬ事じゃが、まずこれが衣類ともせい……どこの棒杭《ぼうぐい》がこれを着るよ。余りの事ゆえ尋ねるが、おのれとても、氏子の一人じゃ、こう訊くのも、氏神様の、」
と厳《おごそか》に袖に笏《しゃく》を立てて、
「恐多いが、思召《おぼしめし》じゃとそう思え。誰が、着るよ、この白痴《たわけ》、蜘蛛の巣を。」
「綺麗なのう、若い婦人《おなご》じゃい。」
「何。」
「綺麗な若い婦人《おなご》は、お姫様じゃろがい、そのお姫様が着さっ
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